1HピュアシフトNMRスペクトルは通常の1Hスペクトルと比べて(各信号のシングレットが得られるため、その結果として)、最大で1桁程度までの見かけ上の分解能の向上が見込まれます。しかしながら、多くのピュアシフト実験で用いられている時間を区切ったデータの取り込み(chunked acquisition)は、一般に小さな周期的なアーティファクトを残念ながらスペクトルに生じさせます。これは、例えばダイナミックレンジの比較的小さい試料(例:単一試料)においてはそれほど深刻な問題にはなりませんが、少量の不純物(数%程度)を含むような試料の場合には問題になります。なぜなら、その小さな信号が不純物由来の信号なのか、測定のアーティファクトなのかがはっきりしなくなるためです。図1には、キニーネ(quinine)とカンフェン(camphene)の混合試料のZangger-Sterk(ZS)ピュアシフトスペクトルが示してあります。この試料のカンフェンのキニーネに対する相対濃度は1%であり、図を見てお分かりになるように、スペクトル全域に渡って小さなアーティファクトの信号が拡がっています。そのため、それらがアーティファクトなのかカンフェン由来の信号なのかの区別が、不可能ではないかもしれませんが、困難となっています。

 

図1.キニーネ(quinine)とカンフェン(camphene)混合試料のZS 1Hピュアシフトスペクトル。

SAPPHIRE SAPPHIRE(Sideband Averaging by Periodic PHase Incrementation of Residual J Evolution)法は、「チャンキングアーティファクト」の問題を軽減させる目的で開発されました。ここではSAPPHIRE法の詳細には触れませんが(興味のある読者はMoutzouriと共同研究者による原著論文をチェックしてみてください)、以下に測定原理の要点を記します。スペクトル中に生じるアーテファクト信号の位相は、チャンク内での信号のJ-カップリングがリフォーカスされるタイミングに依存しています。そこでSAPPHIRE法では、パルスシークエンス中にJ-カップリングのリフォーカスのタイミングを若干ずらす待ち時間を設け、これを変化させて複数のデータをとります。このとき、アーティファクト信号の位相は測定毎に少しずつずれますので、後でこれらのスペクトルを加え合わせるとアーティファクト信号はキャンセルされることになります。通常はアーティファクトを抑止したい度合いに応じて、4-8個のSAPPHIRE測定を行います(“SAPPHIRE”ステップ)。

  JASONよるSAPPHIREデータの処理 SAPPHIRE法のFIDデータは、実験の試行の回数に応じて、各試行の最初のチャンクに含まれるデータの割合が異なるため、特別な処理を必要とします。JASONには、SAPPHIREデータを正しく処理するツールが組み込まれており、これによりチャンクアーティファクトのない大変きれいなピュアシフトスペクトルを得ることが出来ます。SAPPHIRE実験とJASONの組み合わせの有効性を示すために、以下に(図2)、キニーネ/カンフェン混合試料の8ステップの SAPPHIRE ZSピュアシフトスペクトルと従来のZSピュアシフトスペクトルとの比較を示しました。また参考として、カンフェン単独の1H及びZSピュアシフトスペクトルも示してあります。尚、データは全て、ROYALプローブTMHFXを備えたJEOL ECZ500R分光計にて測定されました。

図2.標準的なZSピュアシフトスペクトルとSAPPHIREスペクトルの比較

ご覧のように、SAPPHIREのスペクトルにはアーティファクトがほぼ皆無で、試料中の微量成分であるカンフェン由来の信号を確実に同定することができます。

SAPPHIRE実験やJASONでのSAPPHIREデータの処理についてもっと知りたい方は、ぜひ, ご連絡ください!